月の記録 第15話


あちこちで火の手が上がり、瓦礫が散らばっていたが、屋敷は奥に進むにつれて被害が少なく、炎の陰すら見えなかった。裏口に差し掛かる通路はほぼ無傷で、テロリストの攻撃が先程の大広間に集中していた事を示していた。兵士達の誘導に従い裏口から外に出ると、広い裏庭に出た。 そこには、避難した人々が集まっており、未だ鳴り響いている爆音と、崩れゆく建物を茫然と見つめていた。
テロリストに応戦しているのはリ家の兵士達だ。
ユーフェミアの安全の為にとコーネリアがKMFを配備していたため、今回の襲撃にも対処できたと言っていい。それがなければテロリストが大広間に押し寄せ、ここにいる者たち全員が死んでいただろう。裏庭から襲撃したテロリストは地面に倒れ伏しており、兵士にも死傷者が出ているようだった。
辺りを見回し、見知った従者達が集まっているのを見つけると、そちらに駆け寄った。彼らは祈るように建物を御見ており、僕がユーフェミアを抱えて近づくと、神に感謝するように歓喜の声をあげた。

「ユーフェミア様、ユーフェミア様、良くご無事で・・・!!」

長年彼女に仕えていた侍従長は泣きながら駆け寄ってきた。
ユーフェミアは気を失っており、力なく腕の中に収まっていた。
怪我をしたのではと皆は色めき立ち、彼女の体をそっと地面に横たえると、我先にとユーフェミアに声をかけ始めた。怪我はないから、彼女はもう大丈夫だろう。

「ユーフェミア様をお願いします」

すでに銃撃は止んでいるが、建物は今にも倒壊しそうだった。
だが、まだ間に合うはずだ。
急がなければ。
駆けだそうとした僕の腕を、兵士の一人が掴んだ。

「何処に行かれるのです枢木卿!」
「まだルルーシュ殿下が中に」
「何を言っているのですか!枢木卿はユーフェミア様の騎士でありながら、主の傍を離れるのですか!?」

信じられないと兵は言った。
まだテロリストが潜んでいるかもしれない。
兵士たちも多くが負傷し、満身創痍だ。
そんな状況なのに、主を置いていくのかと非難を込めた視線で見てくる。
万が一の時にユーフェミアを守るのが専任騎士。
それなのに、自分を捨てた嘗ての主の元へ行くというのかと。

「今ルルーシュ殿下に何かあれば、リ家の、ユーフェミア様の失態となってしまう」

スザクの言葉に、兵はハッとなった。
確かにその通りなのだ。
リ家が警備を行っていたにもかかわらず、テロを許し、少なくない死者が出た。
その中に卑しい血とはいえ皇族が入っていたら、それはリ家の名に傷が付き、慈愛の姫であるユーフェミアの未来に陰りを落とす。
スザクを掴んでいた手が離れた瞬間、スザクは駆けだしたのだが、建物に入ろうとした時、とうとう建物が耐えきれず、ガラガラと音を立てて崩れ始めた。

「・・・っ、ルルーシュ!!」

全身の血の気が引き、思わず叫んだ。
これは拙い、この崩れ方は、駄目だ。
火の回りも速い。
急がなければ間に合わなくなる。
でいや、彼は運がいいからまだ間に合うはずだ。
慌てて裏口に飛び込もうとしたが、後ろに引き戻された。

「離せっ!邪魔をするな!!!」
「いけません枢木卿!!危険です!!」

それは建物近くで待機していた兵士達だった。
焦りから視野が狭まっていたため兵士に気づかず、いつもであれば難なくかわせた彼らの手にあっさりと捕まってしまったのだ。1分1秒でも惜しいこの状況でと、スザクはますます焦り怒鳴った。

「まだルルーシュが中にいるんだ!!」

だから離せ!!!
そう口にした時、屋敷は大きな音を立て崩れ落ち、その光景を目にしながらも急がなければと、力ずくで兵士の拘束を解く間に、建物はその形を無くしていた。


「・・・それで、見つかったのか?・・・その、ルルーシュは」

ルルーシュの遺体は。といいかけてやめた。
瓦礫の下に埋もれても生存している可能性がある。
結論が出ていない以上、生きている前提で動くべきだ。

『いえ、まだ見つかっておりません。現在瓦礫の撤去作業を急いでおります』
「KMFを使い急いで掘り起こせ。アレはああ見えてしぶとい。きっと生きてる」

口に出して、まるで自分自身に言い聞かせているようだと思わず自嘲した。あまり接触のなかった異母弟の何を知っているというのか。あのひょろひょろでいかにも軟弱な男のルルーシュがしぶとい?・・・そうであってくれればいいが。

『イエス・ユアハイネス』

通信が切れ、静寂の戻った通信室で、コーネリアは両手で顔を覆った。
まさかこんな事になるなんて。
確かに無能だと、役立たずだと思ってはいたが、それでも弟に違いはない。
まさか自分たちの失態で、その命を奪ってしまうとは。
あれだけの人間がいながら、皇族を守るため動き、ユーフェミアを守り、屋敷に取り残されたルルーシュを救いに戻ろうとしたのが枢木だけというのも情けない。あの貴族たちもだ。我先にと我が身可愛さに逃げ出した臆病者が、保身のためにこちらの顔色をうかがってきているのも気に障る。

「姫様、あまり思い詰めてはなりません。姫様のおっしゃられた通り、ルルーシュ様はまだ生きておられる可能性はあります」
「そうです、これはコーネリア様の責ではありません。憎むべきはテロリスト。・・・この規模のテロにあいながらも、ユーフェミア様が無事だった事を、お喜びください」
「そうか、そうだな。すまないな、ギルフォード、そして、ダールトン。いいか、必ず生け捕りにしたテロリストから情報を引き出せ。まだ仲間がいるかもしれない。必ず、根絶やしにしてくれる!」

このような失態、二度と起こしてなるものか。

「「イエス・ユアハイネス」」

万が一の場合は弔い合戦となる。
そのためにも、必ず情報を吐かせてみせますと二人は請け負った。

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